人間みんなワルい奴

自分で言うのもなんだが、俺は県内では偏差値が上の方の高校に通っている。自分で言うのもなんだが、中学校では実技教科以外は学年上位五本の指に入るぐらいの成績だった。

だが俺は今、センター試験直前になって、自分の頭の悪さに嘆いている。

もちろん成績は高校に入ってから落ちた。落ちまくった。

だがそうではなく、人間として、決して「良い子」とは言えないなと、いつの間にか実感していた。いつからだろう。もしかしたら小学生の頃には気づいていたのかも知れない。


自分で言うのもなんだが、小学生の頃も成績は良かった。多分。小学生の頃は「勉強しなさい」と言われなかったから、多分そうだ。

だが今思い出してみれば、成績がいいのはあくまで数字の上での話だった気がする。俺は昔結構色々やらかした。一番マシなのは学校のパソコンに史上初めてGoogle Chromeをインストールしてやったことだ。教育委員会がどうたらこうたら言われてやたら叱責されたが、新しいブラウザを入れて何が悪いのかよく分からなかった。

それはさておき、俺は普段閉まっている正門の鍵の暗証番号をいつの間にか入手していた。誰かが開けた後番号をずらし忘れていたのを俺は見逃さなかった。勝手に番号を変えた気もするが、あれからどうなったかは覚えていない。あと裏にあった給食を作る建物(給食センター?って言うんだっけ)の裏に敷地を確保して秘密基地を作った。ボイラー室かなんかのおかげで校舎からは完全に見えない無敵の場所だった。壊れた傘をアンテナに見立てて地面にぶっ刺した以外はそこでの活動をよく覚えてしいないが。

一番はっきりと覚えているのは、体育館の床下に潜り込んで地面を掘って基地にしたことだ。高学年に上がると、俺が基地にしていた場所は黒いピッカピカの柵で囲まれて入れなくなった。

わざわざ学校の予算を割いて新しい柵を作るとか、どんだけ俺は憎まれているんだと思っていたが、安全面から見れば当然の処置だったと今更思う。まあ俺だけがワルじゃないし。俺以外にもやべーやつだらけだった。髪を色んな色に染めてる奴もいたし、やたら露出の多い女子もいた。そういえば転勤族の多い街だった。


俺の家も転勤族で、後でちょっと田舎の学校に引っ越してからは、もはや基地を作る必要がなくなった。街にそういう場所は沢山あったからだ。近所の用水路に入ってしばらく行った場所にある川なのか下水道なのかよくわからない水路。公園なのか空き地なのか人の家の敷地なのかよくわからない場所。見た目が狭いのにやたら奥に長い家。(いや家を基地に含めるのはおかしいか)

先生が本当に良い人で、俺も学校に歯向かうことは無くなり、遊び呆けながら中学生になり、それでも成績は上位を保っていた。中学になると、小学生の時はいなかったヤンキーが登場し、そいつらも交えての学校行事は本当に楽しかった。成績は上位の「優等生」のくせに、そいつらが昼休みにまたガラスを割るのを期待していた自分がいた。


でもやっぱり頭の良いトークはできない。中学校には、言い方は悪いが小学生レベルの知識しかない奴も沢山いた。頭の良い高校に行けば、インテリなトークができる人ともっと出会えると思った。ヤンキーがいない場所なら勉強に集中できるだろうと思った。そしてろくに勉強をせず進学校に行って三年。小中学校で勉強する習慣が全然付いていなかったために成績は落ちた。

昼休みにガラスは割れない。喧嘩は起こらない。とても平和だ。

だから疲れた。

肉体的にも精神的にも。

俺よりワルい奴が、いないから。

いや極端な話、実際はみんなワルい奴なのだ。でもワルい奴は進学校では現れない。みんな良い子にしているから。進学校はそういう意味で怖い場所だ。中学の時に通知表の数字が多かった人が集められ、今度は点数を伸ばそうと一斉に指導される。非行をする奴はいない。いたら消える。

指導が怖くて調子に乗った行動は全くしなくなった。小学生ではお笑い係とかいう体育館でコントを披露する変な係をして、中学校では毎年文化祭で役者に立候補し、かなりの情熱を込めて演技をした、目立ちたがりの俺。彼はもう死んだのだ。

それに気づいて今、こんな臭い文章を衝動的に書いている。

ああそういえばお調子者だったなと、模試と答え合わせを繰り返す毎日に、気付かされた。

今でも俺はワルい奴に憧れてしまう。ヤンキーを心のどこかでヒーロー扱いしてしまう。学校に歯向かっていく転校生は来ないかなーと期待してしまう。

俺の高校で転校生なんて一人も来なかったけど。


これを読んでいる君が、もし中学生で、学年にヤンキーがいたら、どうか避けないでほしい。仲良くなった方がいい。勉強を頑張ると、ヤンキーに会えなくなってしまう。ヤンキーのいない平和な場所というのは、逆に言えば自分よりワルい奴がいない場所ということなのだ。

さらに君が優等生なら、親や先生から褒められる毎日を過ごしたいのも分かるが、同時に自覚してほしいことがある。君は良い子ではない。人間みないい奴で、なおかつワルい奴なのだ。

もちろん優しい友人を持つのも素晴らしいことだ。だが優しい友人とはなんだろう。子供は成長するにつれて、自分を偽る手段を覚えていく。偽りのない子供のうちに、自分を偽っていない人間と仲良くなってほしい。

真の友人は、互いを傷付け合うものなのだ。


最後に一つ。誰だって他人に傷付けられることはある。だけど自分で自分を傷つけちゃ、ダメだぞ。

9 Comments

  1. すごく分かる。
    学校の成績が良くても、皆から信用されていても、何か言葉に表せないような気持ち悪さが残る
    何か物足りないと感じて背伸びして進学校とか、ハードルの高い場所に行くとなぜか精神がもたなくなる
    ただそういう感情って他人かからすればただの自慢とか贅沢みたいに思われる事が多いから、普段「イイ奴」だと心の中で言い聞かせて頑張ってる自分に嫌悪感を覚えるようになってくるから、余計しんどい
    だったらやっぱり最初から「俺は内面はワルい奴なんだな」って割り切って行く方が精神的には楽なのかもね

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